2/June/2008
5ページで触れた巨大船シュラコシア号ですが,その大きさを詳細に見積もった研究を見つけました.Franco Montevecchi, Il potere marittimo e le civiltà del mediterraneo antico. Firenze: Olschki, 1997. ISBN 88-222-4492-3.
この本の458ページ以下で,アテナイオスの『食卓の賢人たち』206d以下〔京都大学学術出版会の柳沼重剛氏の翻訳では第2巻の244ページから〕の記述が詳細に分析されています.以下,Montevecchiの議論を紹介します.キッコウ〔 〕の中は私の補足です.船の大きさの見積もりはアテナイオスの積荷のリストに基づきます.羊毛2万タラントンは約500トン〔柳沼訳では760トンですが以下で見るように大きな影響はありません〕.貯水タンク2000メトレテ(メトレテス)は80キロリットル(80トン)といった具合です〔柳沼訳の800キロリットルは誤植かと思われます〕.
問題になるのは,穀物6万メディムノスという箇所です.これをローマの単位とみれば,1単位が8.78リットルで,6万メディムノスは500立方メートルを少し超える程度で,〔穀物は容積あたりで水より少し軽いので,〕400トン程度の重さになります.〔穀物そのものは水に沈みますが,貯蔵するときはすきまがありますので,体積あたりでは水より軽いわけです.料理をする人なら米1合=180ミリリットルが約150グラムであることをご存知でしょう〕.しかしこれがギリシャのメディムノスなら〔=40キログラム,穀物で50リットル強なので〕,穀物だけで2000トンを超えることになります〔柳沼訳はこの数値を採っています〕.
すると積荷の合計は3700トンとなり,船室などのスペースも考慮すると,総トン数で8千から1万トンという非常に大きな船になってしまいます.そんな大きな船は近代以前に例がないということで,L. Casson (Ships and Seamanships in the Ancient World, New Jersey: Princeton UP, 1973, p.185)は,メディムノスはローマの単位であるとし,積荷の総量が2千トンを越えない程度の船を想定しました.
Montevecchiは,この船シュラコシア号が,どこの港からも危険であるという理由で入港を断られたというアテナイオスの記述に注目し,もし積荷2千トン程度の船なら,喫水は3メートル程度で,地中海の主要な港ならどこでも入港できたはずであると論じ,やはりシュラコシア号は,当時としては群を抜いて巨大な,積荷3700トン,総トン数8千トン以上の船であろうと推測しています.
なお,Montevecchiは,水の量がギリシャの単位メトレテス〔ヨハネ福音書2.6にも出てきます〕で表されているので,穀物の量の単位もギリシャのものであろうという議論もしています.